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西陣 旅行コース
西陣 旅行コース 西陣 旅行コース
西陣 旅行コース
「西陣」というのは、応仁の乱(1467〜77年)以降に呼ばれるようになった呼び名です。
応仁の乱で、相国寺付近に陣を開いた細川勝元率いる東軍に対し、
西軍の総大将であった山名宗全は自邸のあった堀川上立売に本陣を置きました。
以来、その一帯を「西陣」と呼ぶようになりました。
北野天満宮へのアクセス
北野天満宮 アクセス
晴明神社へのアクセス
晴明神社 アクセス
平野神社
平野神社 平野神社
 794年(延暦13)、平安遷都の際に桓武天皇の命により、大和国から移されたと伝えられる古社。
 祭神は、今木神[染織手芸の守護神]、久度神[かまど・台所の守護神]、古開神[斎火の守護神。古開神と久度神は同一ともいわれています]、比賣神[光仁天皇の皇后高野新笠姫で神を奉斎する女性]の四神です。
 本殿は、春日造りの2殿を連結した「平野造り」と呼ばれる特殊な造りで、重要文化財に指定されています。
 平野神社は、花山天皇が桜を手植えされて以来、京都屈指の桜の名所として知られています。珍種の桜が多いことでも知られ、数十種、約500本が植えられ、「平野の夜桜」は有名です。
場所:京都市北区平野宮本町1
平野神社【お寺紹介】
北野天満宮
北野天満宮 北野天満宮
 ”学問の神様”として有名な平安時代の学者・菅原道真を祀る神社。全国にある天満宮の中でも、九州の大宰府天満宮とともに代表的な神社として信仰を集めています。
 北野天満宮の広い境内には約2000本の梅が植えられており、市内随一の梅の名所としても知られています。
 毎年2月25日には梅花祭、10月4日にはずいき祭、道真の誕生日(6月25日)であり、命日(2月25日)でもある25日には、毎月天神市が開催され賑わいます。
 いつの頃からか「天神さん」の愛称で親しまれている北野天満宮は、受験シーズンには合格祈願に訪れる人でいっぱいです。
場所:京都市上京区馬喰町
北野天満宮【お寺紹介】
上七軒
 豊臣秀吉が北野天満宮で大茶湯を催した時、山城一円の茶屋株の特許を与えられ、17世紀前半に遊里として発展した町です。室町時代に北野天満宮が焼失した際、再建のための修理用材木の残りで7軒の茶屋を建てたことが名の由来になりました。
 京都で最も古い花街として知られ、華やかな祗園に比べると古風なイメージが強い町です。
場所:京都市上京区
大報恩寺(千本釈迦堂)
大報恩寺(千本釈迦堂) 大報恩寺(千本釈迦堂)
 1221年(承久3)、義空上人が小堂を建立して仏像をまつったのがはじまり。
 応仁の乱をはじめ、幾多の戦禍から奇跡的に免れた本堂は、京都市街地では現存最古の木造建築として国宝に指定されています。この本堂は、造営時、誤って柱を短く切ってしまった棟梁の高次に、妻のおかめが「短いものに合わせて全部の柱を切れば・・・」と助言したことから無事に棟上式にたどりつけることができました。しかし女の助言で任を果たしたことが世間に知れてはとおかめ自身は上棟式を待たず、自害してしまうという、悲しい話が残っています。
 大報恩寺では、12月7日、8日に「大根だき」が行なわれ、この大根を食べると中風・諸病除けのご利益が授かるといわれています。
場所:京都市上京区五辻通七本松東入溝前町1305
引接寺(千本閻魔堂)
引接寺(千本閻魔堂) 引接寺(千本閻魔堂)
 百人一首の歌人でも知られる小野篁の開基で、閻魔王像を本尊とする「引接寺」。閻魔王を本尊とすることから、引接寺は「千本閻魔堂」の名で親しまれています。
 引接寺では、毎年5月1日〜4日に京都三大念仏狂言の一つ「えんま堂大念仏狂言」が、お盆の頃には迎え鐘を叩いて精霊を迎える「お精霊迎え」が行なわれます。
場所:京都市上京区閻魔前町34
石像寺(釘抜き地蔵)
石像寺(釘抜き地蔵) 石像寺(釘抜き地蔵)
 釘抜き地蔵の名で知られる、浄土宗のお寺。
 昔、手の痛みに苦しんでいた商人が、石像寺の地蔵尊に祈ったところ、地蔵尊が夢に現われ、「前世でわら人形に釘を打った報いである」と教え、前世の怨みの2本の八寸釘を抜いて救ってくださったのだそうです。
 そしてこの話が世間に伝わり、あらゆる苦を抜いてくださる「苦抜地蔵」として信仰を集めるようになりました。
 現在も、2本の釘と釘抜きをはめ込んだ絵馬がたくさん奉納されています。
場所:京都市上京区千本通上立売上ル花車町
晴明神社
晴明神社 晴明神社
 晴明神社は、平安時代、天文暦学の道に精通し、6代の天皇(朱雀、村上、冷泉、円融、花山、一条)に天文陰陽博士として仕えた陰陽師・安倍晴明を祀る神社です。
 安倍晴明の死から2年後の1007年(寛弘4)に一条天皇の命によって、安倍晴明の屋敷跡であり、天文陰陽博士として活躍した場所に建てられました。
 応仁の乱や豊臣秀吉の都造り、度々の戦火によって社殿は荒廃してしまいましたが、その状態を見かねた氏子が中心となって1853年(嘉永6)年の式年祭に合わせて再建され、その後も整備改修を重ね、現在の姿となりました。晴明神社では、現在でも陰陽五行説に基づいた占いが行なわれています。
場所:京都市上京区堀川通一条上ル
晴明神社【お寺紹介】
一条戻り橋
 堀川に架かる小さな橋。
 かつては冥界への出入り口といわれた場所で、平安時代、文章博士の三善清行の葬列がこの橋にさしかかった時、死者が息を吹き返したという話が橋の名の由来になっています。
 陰陽師・安倍晴明が鬼神をこの橋の下に隠していたなど、様々な伝説が残る橋です。
場所:京都市上京区堀川今出川下ル
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